「レジャー産業のブランド化とは?」 ーブランド・マーケティングの新潮流ー

2000年9月に書かれたもの


■ ブランド重視の背景
全ての業種業態でブランド力なるものが問われている。もちろん、この潮流はレジャー産業も例外ではない。それどころか重要性が高まっているとも言えるだろう。ここでは「テーマパークなどの遊園地」「レストランなどの飲食業」「ホテルなどの都市型宿泊施設」「温泉旅館などの観光地型宿泊施設」「フィットネスクラブ」「エンターテイメント型商業施設」という6つの領域について考えてみたい。ブランドの重要性は次のような背景から増してきている。


まずは、消費の成熟化である。新しい施設を創り、新しいメッセージを伝達すれば大量の人々が集まり、ビジネスとして成立した時代は終った。消費者のレジャーに対する意識が成熟化し、自分に合ったものだけを選択するという傾向になれば、当然だが、一つのレジャー産業当たりの集客力は低下する。


その結果、二つの方向選択を迫られる。より大型でよりメッセージ性の強いものを創るか、リピーターを確保するための仕組み作りである。前者の大型化は投資の回収リスクを背負うギャンブルに近い。そして、ブランド化とは後者を意味することに留意したい。良く言われるブランド化の意味とは単なるイメージの問題ではないのである。ブランドというとネーミングや広告作りなどと考え易いが、それはブランドの一部に過ぎない。 結果としてリピーターが創れるかどうかが鍵なのである。


次に言えるのは、情報伝達スピードの速さである。インターネットの普及によって情報伝達が早まり、施設が持つメッセージ性はあっというまに消化されてしまう。つまり、消費者が行く前にだいたいのことは分かってしまい、驚きではなく確認になってしまうということである。これは、新しさは競争力にはならないことを意味している。


■レジャー産業が目指すべきブランド化
では、レジャー産業が目指すべきブランド化とは何かについて考えてみよう。先にも述べた背景で言えるのはロングセラーになることこそ、ビジネス・ゴールであるということである。ブランド化とは単なる流行や話題性を意味するものではなく、長期に渡ってターゲットユーザーに「このレジャーを楽しむときは○○だ」というような意識を持ってもらうための工夫なのである。


そのためには、まず、ものへの投資だけでは消費者に価値を提供できないことからスタートする必要がある。施設は差別化の源泉だが、作った時点から老朽化が始まる。どんなにメンテナンスしても施設自体が持つ鮮度は低下すること、そして、すぐに新しい競合がより強いインパクトで登場することを前提にビジネス戦略を考えるべきである。


多くのテーマパークがアトラクション施設の鮮度とともに集客を落としている。
この考えの延長には集客数での勝負から累計客単価を重視すべきことを意味する。リピーターが重要であることは周知であるが、どうしたらそれが実現できるかについて具知的な対策がうたれていないことが多い。常にリピーターへ鮮度の高い価値を提供できる構造を工夫し、それがユニークであればあるほど競合との差別化になるのである。商業施設の多くが旬のナショナルブランドのテナントを誘致しているが、そこにもう一度行くべき理由はない。


■ブランド価値
ではブランド価値とは何だろうか? このブランド価値を三つの要素に分解して解説する。ブランドは全ての業種業態で成立することが理解できると思う。
「基本価値」ブランドのもっとも根源的な機能や役割を意味する。一般例としてはビールの味、宅配便での配達時間、コンビニエンスストアでの品揃えが該当する。
「情報価値」多くの人がブランドとはイメージが重要であると思っている。実はそれはブランドの一部分であり、この情報価値に当たるところである。広告やパッケージデザインで作る知名度やイメージなどがそうだ。
「周辺価値」商品(サービス業はサービス内容)には直接関係ないものでも消費者が重要であると考え、購入時の選択基準にするものがある。接客態度(=人に関するもの)やアフターサービスのスピード(=時間に関するもの)、購入までのアクセス(=場所に関するもの)、リサイクル可能なパッケージ(=社会に関するもの)などである。


ブランド価値を向上させるということはこの三つの価値を高めれば良い。つまり、それぞれのレベルで消費者の満足は何か?、を追求することこそ、ブランド・マーケティングなのである。とはいえ、この三つの価値には一貫性が必要である。俗にブランド・コンセプトと呼ばれるものはその方向性を言う。(「高級な」「簡便性」など)


■ 業態別でのブランド価値構造
それでは、このブランド価値の概念をレジャー産業に適用してみるとどのようになるかを見てみよう。【表】を参照してほしい。


 基本価値情報価値周辺価値
テーマパーク・遊園地アトラクションの質、種類などテーマ性、キャラクター・イメージなど接客態度、待時間短縮、アクセス条件など
レストランなど飲食業飲食メニューの内容などテーマ性、キャラクター・イメージなど接客態度、立地、デリバリー時間など
温泉旅館など
観光地型宿泊施設
温泉の質、飲食の内容など知名度、景観、内外装デザインなど接客態度、アクセスなど
ホテルなど
都市型宿泊施設
居住性など知名度、内外装、制服デザインなど接客態度、アクセス条件など
フィットネスクラブ施設の質、数、種類など内外装デザイン、備品デザインなど接客、指導手法、コミュニティ、立地など
エンターテイメント型
商業施設
アトラクションの質、種類、テナントの質、種類などテーマ性、内装デザインなど接客態度、アクセスなど


・「テーマパークなどの遊園地」
ここでの基本価値はアトラクションの娯楽性の高さと種類の豊富さである。そして、情報価値にあたるものがテーマ性であり、そのテーマを伝えるためのキャラクターが作る世界なのである。ディズニーランドの強みはこの情報価値の魅力と言える。それだけではない。周辺価値としての従業員の接客態度も重用であり、施設までのアクセスも価値の一つとしてカウントされる。


・「レストランなどの飲食業」
基本価値は飲食メニュー内容の質と量であり、また、種類もその一部になる。情報価値は店内外のデザインやインテリア、また、BGMなどである。雰囲気もブランド価値を構成する。周辺価値としては接客の良さ、立地場所、料理が出るまでの時間などである。これらはラーメン屋であろうがフレンチレストランであろうが当てはまる。


・「ホテルなどの都市型宿泊施設」
基本価値は部屋の居住性である。宿泊は休息が主目的である以上、すべてはここからはじまる。居住性は間取りや調度品の使い勝手などが上げられる。情報価値はそのホテルの知名度や、内装デザインであり、従業員の制服も影響は少ないがここに入る。周辺価値では従業員の接客態度やそのスピードが重視される。ホテルはレストランに比べて基本価値の項目が少なく、テーマパークに比べて情報価値の項目が少ない。このことは差別化ポイントが周辺価値に集まり易いことを意味する。ホテルのサービスが高度化するのはこういった背景がある。


・「温泉旅館などの観光地型宿泊施設」
ここでの基本価値は温泉の質が第一であるが、複数の旅館がそれを提供しているため、飲食メニューの質、部屋の居住性といったレストランやホテルと同様の基本価値も合わせ持つ。情報価値で目立つのは景観である。それぞれの旅館は観光地の中でもロケーションに差がある。これは価値の一つである。また、周辺価値としての接客、アクセスの良さは他の業態と同じである。表を見れば温泉旅館というジャンルは基本価値でも情報価値でも他の業態に比べて多様な項目を持っているのが分かる。よって、旅館自体の固有の価値を創り易い。一度、ブランド化ができれば比較的容易にロングセラーになれるという特質がある。日本全国の観光地に老舗旅館が存在する理由でもある。


・「フィットネスクラブ」
フィットネスクラブの基本価値は運動施設の質、数、種類であり、ジム・スタジオ・プールなどの有無・広さ・清潔度・付随設備がまずユーザーに問われる。情報価値としてはクラブ自体の知名度が創る安心感がある。課金システムが会員制という事前徴収であればこれは重要な要素だ。周辺価値はこのフィットネスクラブではもっとも差別化を図ることのできる価値要素と言える。それは、ユーザーの利用頻度が極めて高く、かつ、会員という限定された顧客である点。そして、インストラクターという人的な価値を提供しているなど、この周辺価値となる項目が多様だからである。


・「エンターテイメント型商業施設」
この業態はエンターテイメントとショッピングの魅力を組み合わせたものと考えられるためにテーマパークと先に示した小売業両方のブランド価値で成立する。基本価値はアトラクションの質や鮮度とマーチャンダイジングの質がある。しかし、多くの施設がテナント料などで利益を創出している。この場合、アトラクションなどのエンターテイメントは無料であり、情報価値となる。(ここにビジネス戦略上の問題が発生する)情報価値ではテーマ性、内装デザインがあり、周辺価値では接客の質、立地条件が生むアクセスの良し悪しが該当する。


■ ブランド戦略
レジャー産業においてもブランド戦略の構造は変わらない。消費者は意識の満足、行動の満足という順番で進化してもらい、トライアル、リピートへとつなげることが目的になる。その結果がロングセラーであり、ブランドである。これによってビジネスとして顧客満足と企業利益を両立させることができるのである。さて、レジャー産業が他の業種業態に比べて特徴が際立っているのは顧客の利用単位が複数の人数であることが多いということである。これはリピーターが新たなユーザーを生むという循環である。そういう意味でリピーターが非常に重要な役割を果たしており、これら6つの業態でもリピーターにとっての鮮度(新たな発見)を提供する仕組みがブランド化のキーポイントとなる。
そのためには何でも新しいものを出せば良いわけではない。三つの価値に一貫性がなければ消費者にとって明確なポジショニング(=「これをするときはこのブランドね」という意識)が築けないのである。何でもあるは何にもないことなのである。「家族みんなで楽しめる」テーマパークが一部の若者受けするようなアトラクションで話題を創っても、肝心の家族層は「自分達の行くべきところではない」と思うだけであり、湯治を謳っている温泉旅館がスポーツ施設を併設すれば顧客はもっと静かな場所を選ぶだろう。
ブランドには明確な差別化ポイントが必要である。それには競合がなかなか真似できない「独自性」、消費者がすぐに理解できる「明瞭性」、そして、十年二十年主張できる「継続性」がなければブランドとしてのポジショニングは確立できない。一般的に差別化ポイントが基本価値の中で成立するのがもっとも有効であるが、これは決まりごとではない。それでは6つの業態ごとにに差別化ポイントの源泉を見てみよう。


■ブランド化のポイント

・「テーマパークなどの遊園地」
ここでの差別化ポイントはアトラクションそのものである。しかし、これは投資もかかり、中期的な戦略になる。つまり、リピーター育成とは時間的なリズムが合わない。そこで情報価値が住しされる。テーマ性のあるストーリー展開ができればユーザー、特にリピーターにとっての鮮度は維持されながらも、ブランドの一貫性は保てる。ディズニーランドのようにコンテンツに歴史と深みがあって初めて成立する業態とも言える。


・「レストランなどの飲食業」
差別化ポイントが飲食自体であるためにブランド化させ易い。もちろん、リピーターへの鮮度維持に新規メニュー(週替り、日替りなど)が用意されるべきである。また、周辺価値として接客上でもリピーターへの配慮(誕生日/記念日向けサービスなど)が期待される。


・「ホテルなどの宿泊施設」
ブランドとしての差別化ポイントが周辺価値に集中しているため、人的な要素が大きい。但し、ホテルを利用しているユーザー自体が情報価値を創るという点もある。例えばビジネスマン向けホテルでは国際的に大きな会議が行われることが情報発信になる。「仕事で使うべきホテル」というポジショニングをユーザーによって創ることができる。ロビーですれ違う他のお客もメッセージを発信しているのである。


・ 「温泉旅館などの観光地型宿泊施設」
温泉旅館は基本価値の項目が多く、差別化ポイントを創り易いために、一旦、価値が定着するとロングセラーブランドとなる。しかし、観光地自体が市場であると同時に他の観光地との競争関係にある。温泉旅館は市場性を高めるために、観光地そのもののブランド化を進めなければ集客効率は上がらない。観光地は風光明媚が第一義なので情報価値の塊である。このブランド価値を高めるためにはユーザーの着る浴衣デザインを工夫したりして温泉街全体の演出を高める、地域にある建物の屋根瓦のカラーリングを統一して人口的な部分の景観を向上させなど短期、長期に渡る工夫が観光地そのもののブランド価値をアップさせることになるだろう。


・ 「フィットネスクラブ」
運動施設は外部からの購入である以上、差別化ポイントは情報価値や周辺価値にならざるを得ない。使用頻度が高い点を考えるとコミュニティの育成や健康やダイエットへの指導内容の充実がリピーターへの鮮度維持に役立つと考えられる。オペレーションを行う従業員の資質が差別化ポイントのコアになる。


・「エンターテイメント型商業施設」
先にも延べたように長期的に成立する差別化ポイントを設定しにくい業態である。が、やはり、基本価値を重視すべきであり、そのためにはユーザーがお金を支払う商業施設でのマーチャンダイジングにどこまでユニークさを取り込めるかが鍵となる。テーマ性に沿った商品開発や販売ができて初めて一貫性のあるポジショニングが出来るため、流行りのテナントを集めただけではブランド価値は上がらない。


以上、大まかに集客施設型サービス業を見てきたが、ブランド・マーケティングの適用に関しては何も特別なものがないことが分かっていただければ幸いである。三つの価値をどう高めるかはアイデア次第であり、それを具体的なものにするために企業努力を行うというのは全てのビジネスに共通したものなのである。

ページのTOPへ戻る