【エピソード】 不思議な仕事の話

フリーランスとしてコンサルタントを長く続けていると、想定外の仕事の依頼が来ることがある。過去、いくつか忘れられない風変わりな目的を託された案件があるのだ。それは、利益を上げる、企業を立ち上げる、ブランドを強化するといった話とは全く異なる次元であり、セオリーが役に立たない世界での出来事だ。


エピソード1は、その中の一つをちょっとメモっておこうというものである。とはいえ、過去の案件とはいえ、赤裸々に語るのはコンサルタントとしてはご法度なので、具体的な描写は最小限にする。案件名はXとしておこう。あとは推測と妄想で補完して欲しい。


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案件Xとは、とある大企業(Z社としておこう)にある一事業部(こちらはY事業部としておく)からのプロジェクト進行をコンサルティングしてほしいという案件だった。このZ社は大きな会社不正行為から倒産の危機に面していて、産業再生機構という準公的機関からの指導を受けることが決定していた。自分もニュースでこの話は知っていたが、まさか、場末の個人事務所風情がここに関わっていくことになるとは思いもしなかった。


知人からの紹介でZ社の本社会議室にて、風変わりな依頼事項を聞くことになった。


内容はこんな感じだった。まず、Z社は企業を再生するための作業として、事業ごとの見直しを進めていた。全ての事業部はその時点で○×△にラベリングされていた。○は存続、×は売却、受け手がなければ廃業ということだった。クライアントとなるY事業は△。そう、○でもなく×でもない△は要検討、検討後に○または×に区分するという立ち位置にいたのだ。


Y事業部は3ヶ月後に事業計画を提出しなければいけない。その内容次第で、存続か売却(ほとんどが廃業なのだが)のお沙汰を受けることになっていた。この話を聞く途中、依頼事項はこの事業計画の策定を手伝ってくれ!というものなのかな、と勝手に解釈し始めたのも無理はなかろう。普通の展開ならそうだ。だが、求められているものは全く異なっていた。ある新商品を市場導入してくれ、それも3ヶ月以内に!、というものだったのだ。


案件Xに求められるのは新商品開発と市場導入の業務推進であり、これだけなら何ら弊社の通常案件の範囲であり、珍しいものでもない。問題はその目的だった。そして、その目的の特殊さこそ、フリーランスのマーケティング・コンサルタントが呼ばれた理由でもあったのだった。


「画期的な新商品を市場導入して、再生機構からのY事業部の仕分け評価を△から○に変える、つまり、Y事業を存続させること」がゴールだと教えられた。事業計画書によってではなく、新商品がヒットすることで事態を好転させようというのだ。


 確かに、△に入っている事業部たちが作る事業計画書は全てバラ色とは言わないまでも、かなり、アピールのための文字と数字が羅列するものが出揃うはずだ。もちろん、名うてのコンサル集団である産業再生機構のメンバーが「はいはい、いいですねー」などと額面通り受け取ることはない。


むしろ、Z企業全体が弱っている中、収益貢献が曖昧なものは可能な限り排除するだろうし、もし素晴らしい事業計画書がかけるなら、なぜ今まで出来なかったのかが問題であって、実施力が乏しい事業部なら優先順位は端から低いのだ。事業計画書提出などというのは感情的な反発を最小限にするための儀式かもしれないのだ。


もちろん、この状況をY事業部の幹部の方々は薄々分かっていたらしい。そこで、書類などではなく、現物で勝負するしか自らの価値を証明する方法はないと考えていた。そこで案件Xとなるのだが。この文脈でいけば、ヒット商品になっていることを想定しているらしい。めちゃ売れ新商品で一発逆転を狙おうという話なのだ。


自分はこの話を一通り聞いたときに、不快感をあらわにしたのをよく覚えている。


新商品を3ヶ月で上市すること、それも、即ヒットさせるという条件付きというのは、いくら特別な状況とはいえ、商品開発をなめている。こちらも常に商品開発では成功を追いかけてサポートしているが、周到な準備があってのことだ。Xのカテゴリーで大型商品を練るなら最低一年は欲しい。それでさえ、100%の成功は保証できない。


とはいえ、気持ちはわかる。藁にもすがる先がまさに自分だったという巡り合わせも縁の一つだ。冷静を取り戻してから、3つの受託条件を示した。


・ 上市(市場導入タイミング)は半年後とする
・ 販売負荷が高いため、全国発売ではなく、東京地区だけの先行販売とする


そして最も重要な条件はこれだった。


・ 売れる商品は保証できないが、売れそうな商品という話題を作ることでY事業部のZ社内での存続評価△を○に変えたくなる気分を作ることはできる


先方はこの条件を飲んだ。特に三番目の最も重要な条件は真の目的そのものであることが大きかったようだ。「あー、受けてしまったか」幾分後悔したのも記憶している。しかし、やるとなったら徹底する以外に抜け道はない。その場でコアメンバーを決め、外部スタッフの人選を行い、これから三ヶ月間のスケジュールを全員固定してもらった。毎週一回集合のための時間と場所を確保した。


外部スタッフの人選は一任してもらった。こんな乱暴な案件は乱世が得意な人物でなければ乗り切れない。デザイナー、コピーライター、PRで懇意な、それでいて暴れん坊タイプ(最高の褒め言葉)をそれぞれ選定した。これもその場で電話のみ。即決できるぐらいの人物でなければ務まらない仕事であり、とにかく時間がないのだ。


アクロバティックなプロジェクトはその危機感もあってか、ブルドーザーのごとく進行していった。難題が出てきても動じることはない。大難題の前ではすべては小さな難題にすぎないからだ。沈みつつある船でトイレはどこだと尋ねる奴はいないのだ。


どんなプロジェクトでも上手くいくかいかないかは、大体わかる。長年の経験値で、成功しそうなプロジェクトでは運が良いことが起きるものなのだ。今回も起きた。事業部の評価をする事業計画の提出が3ヶ月から半年後近くに伸びたのだ。理由はあった。Y事業部は曲がりなりにも利益を出している。率が低くても黒字であれば、売却・廃棄の決定を急ぐことはない。ましてや、Z社は大所帯だ。再生機構にとって対処すべき優先順位の高い事業は山盛りなのだ。


時間的な余裕は少し出たとしても、内容が伴わなければ意味がない。ともかく、今回の案件は乾坤一擲(けんこんいってき)プロジェクトであることは動かない。事業区分けに関わるすべての人々が「継続したほうが得じゃない?」と気分が傾く話題のある商品Xに仕立てること、その一点のみが内容なのだ。


進め方もいつも通りとはいかない。消費者がコア・ターゲットになってないのだ。購入者もメディアの一つで、プロモーション効果の一部でさえあるというのはマーケティングとしては邪道である誹りを免れまい。正直、コンサルタントとしては後ろめたい仕事だ。しかし、クライアントが腹をくくっているのに、ファシリテーターの腰が引けているのは許されまい。いいのだ。意図的な評判作りだけに集中しよう、邪念も束になれば岩をも通す、そんな気分。


時間がないと言いながらも、Xのコンセプト策定は手間をかけた。価値ラダーを組み立てる視線は、とにかく「メディアが取り上げたくなるかどうか、流通が気にかけてしまうかどうか」が必須となる。意外なキーワードがふんだんに盛り込まれ、かつ、一本の物語として人に伝えたくなるストーリーになっていることが勝敗の分かれ目だ。「あざとさ」にも美学は必要である。むしろ、美しさで目を眩ませるのか。


3ヶ月を過ぎ、なんとか最終製品を仕上げ、テスト販売を告知し、プレスリリースを流すと、世間の反応は想定以上にあった。売れそうな気分が社内に反響のようにこだましてきた。そして、遂にその日が来た。産業再生機構からのY事業の評価区分が△から○になったことが、クライアントから自分に伝えられた日だ。目的は達成されたのだった。


この時は軽くガッツポーズしたが、すぐに、ちょっとした虚しさもこみ上げてきたのが思い出される。本当に役に立った仕事だったのだろうかという素直な疑問だ。事業存続でもイバラの道が待っているだろう。収益率に課題がある事業となれば、監視側からのコストへの締め付けは厳しく、リストラとは無縁とはいかないからだ。


さて、後日談ではあるが、商品Xはトライアルを派手に稼いだものの、残念ながらリピートが弱く、徐々に売り上げが衰退していった。もっとやりようがあったかもしれない。振り返ると、あの時もっと・・・、という課題も浮かび上がる。いずれにせよ、所与の目的はクリアしたが、消費財を領域とするコンサルタントとしては△から×に評価区分されても仕方がない結果なのだ。是非もない。


救いなのはクライアントからの自分への対応だろう。商品Xの販売状況が芳しくなくなった後も、コンサルティング案件をいくつか発注してもらった。一定の評価はしてもらえていたに違いない。そう信じることにしている。


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こうやって書き綴ってみると、こういった不思議な仕事は何を意味しているのかなあ、と問いたくなる。あだ花なのか、武勇伝なのか分からない。ただ、仕事から離れれば離れるほど不意に思い出す出来事のようなのだ。


2016.8.8

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