ヤスハラ・マーケティング・オフィスの近況

01月28日

金曜日は日本能率協会でのセミナー終了後、E-コマースをテーマにした打ち合わせのために出版社へ。


かなりガス欠になるのも仕方がありません。内勤日捻出のために、打ち合わせをコンサルティングやセミナーといった一日仕事の後に可能な限り入れ込む結果ですからね。


当然、その備えもします。自分の場合は疲れに応じて、「チョコレート→アミノ酸→漢方薬」の順で飲んでいきます。効き目の強さも違うのですが、即効性も異なるので、カバンの中ではワンセットのチームになっています。さながら、ポータブルER(emergency room)。


・ガス欠レベル1:
頭の回転が落ちそうな時に即、チョコレート。
甘さもポイントなので、ミルキータイプが良いです。できればカカオが多い高級チョコがベターとなります。少々高いが薬と思えば廉価。セミナー中にチョコを食べていても、それは弛んでいるからではありませんので、不謹慎と糾弾しないでください。


・ガス欠レベル2:
立ちっぱなしなどで体全体に疲れが出始める頃にアミノ酸。
必然、アミノバイタル、それもプロ3600mg(本気の証)です。時間的にはチョコより遅めですが、効き目は上です。やはり、この仕事は肉体労働なのでしょう、それとも、新手のスポーツの一種なのでしょうか。コンサルティング中にアミノ酸を摂取していたら、それ以上の難しいリクエストは避けてください。


・ガス欠レベル3:
二日連続のセミナーやコンサルティングでの連続出張など、緊張と集中力の両方が長時間続く場合は漢方薬です。
現在は、麦味参顆粒(バクミサンカリュウ)を使用します。やはり、じんわり効く遅効性のものなので、あくまでも体調維持が目的になります。もし、仕事中に漢方薬を飲み始める姿を見かけたら、何か美味しいものでも奢ってあげてください。


西洋→日本→東洋っていう感じで、即効性が区分けされているのも興味深いですね。


01月25日

コンサルティング業務を人形町で終え、久々に美術館巡り。
竹橋→千駄ヶ谷→青山外苑というルートを約3時間で回りました。


確かに前から狙っていた展覧会ですから、行くことに何ら気持ちの揺らぎはありませんでしたが、午前中の仕事でブランド・ロゴのデザイン・プレゼンテーションに立ち会い、多くの提案を拝見させてもらったことも大いにモチベーションとなったようです。


須田国太郎展(東京国立近代美術館)
上手い絵だなあ、というのが率直な感想でした。上手いんです。
何か凄いテーマ性があるわけでもない、が、やはり、上手いという画家です。画面から油絵具をそぎ落とすので、絵の質感がフラットでありながら奥行きがあります。


黒の使い方に画風があるとのことですが、その土台は表面の平たさにこそ根ざしています。なので、ガラスに入った作品とむき出しのそれでは天と地ほどの差が出てしまいます。そう、平面ガラスの光の屈折にさえ遮られてしまうほどの微妙な質感なのです。


ましてや、黒色がその画業の一部であれば、光を吸い込む闇の黒なのか、光に映し出される色の重なりの黒なのかは表現の決定的な違いになります。しかし、その透明物質で覆われたお上品な展示もかなりの点数でした。


ということは・・・
この須田国太郎のテーマに依存しない上手さは時代を超えて支持されるでしょうが、人気が出れば出るほど絵の価値が上がり、皮肉にも、所有者の資産保全意識を高め、厚いガラスがその上に用意され、上手さの真髄がどんどん隠されていくという不遇なスパイラルが待っているような気がしてなりません。
うがち過ぎでしょうか。


岡村圭三郎展(佐藤美術館)
絵本「海女の珠とり」の挿絵を中心とした展示です。作品数は少ないですが、そのパワーからはまだまだ大きなアーティストになる予感を漂わせています。


今という時代性を露骨に担ぎ出さず、それでいて、古典を題材にしていながらも見る者と同じ時空で語れる表現、というのが人気のポイントのような気がします。
きっと、大規模の展覧会も秒読みでしょうし、今後も追いかけたい画家ですね。


フェデリコ・エレーロ展(ワタリウム美術館)
コスタリカの若きアーティストです。画家というよりペインターだそうで、ここでも館内の空間に絵を施しています。


略歴には建築を学んだとあるので、建物の空間をどう埋めるか、何を埋めるか、もしかしたら、いつ埋めるかも彼のテーマと繋がっているのだろうと感じました。


メインのペインティングは、「迫力がありながら、メッセージ性もあり、でも、楽しい」という矛盾し合う要素を一箇所でキュっと束ねる彼の技を披露しています。


青山という場所柄か、先の二つの展覧会と観客年齢差が極端に異なるので、何といいましょうか・・・。ちょっと焦ります・・・(照笑)

01月22日

金曜日の社長会での話題から


3名の社長はほぼ同年齢です。そんな中で、人生を試合に置き換えたらどのあたりだろうか?、という話になりました。自分の場合、サッカーなら後半戦が始まったばかり、野球で言うなら5回の攻撃中というイメージです。


人生はいろいろですから、消化試合と自嘲する同世代も周囲には何人かいます。もう、試合後に思いを馳せるのも、それはそれで意味のあることです。良い悪いの定規で測り得ないテーマですから。とはいえ、自分の勝負は始まったばかりだ、と声を張り上げるのも、さすがに無理があります。


39歳で独立なので、40年ハーフで前後半80年(=平均寿命)とするなら、スコア0-1でのビハインドを前半ロスタイムに何とか同点に追いついたというところでしょうか。野球なら、先発投手打ち込まれ、どうなるかという試合を乱打戦に持ち込んで、5-5といった感じです。


今後の展開は誰も読めません。試合であれば、最後までピッチに立てるとも限らず、打席が回って来ないこともあります。ただ選手として予感できるのは、後半戦がスコアレスである流れにはなさそうなことです。


守備が甘くなる危険も、三振するリスクも分かった上で、やはり、点を取りにいかねばなりません(笑)。3人ともここに関しては同意します。


もちろん、勝敗は時の運ですけど。

01月20日

本日は渋谷サテライトで打合せ後、クライアントに新製品市場導入の件で立ち寄り、次に新橋サテライトでPC仕事で、夜はディープ新橋の料亭で社長会という名目での新年会です。

社長が3人集まります。弊社も装丁は会社なので、社長と言えば社長です。自慢しても、ちょっと虚しい部分はありますけどね(笑)。


複数の方から、セミナー情報を事前にこの近況報告に乗せて欲しいとのことでしたので、掲載します。ここを見てからセミナーに参加する、という行動パターンはあまり少ないだろうと思ってましたが、「部下に薦める」という意見を伺い、納得しました。


出世の是非は問わないとしても、随分前に参加した方々が昇進されているとことは十分に考えられます。知人のクチコミというより、上司の推奨ですから、これは強力です。時間的な累積が少しだけ顕在化してきたのかもしれません。長くやることの意義の一つなのでしょう。


市場データの読み方とブランド戦略立案入門セミナー


変わったタイトルですが、個人的には気に入っているセミナーです。数字と言葉が両輪であることをマーケティング業務上、体感できるユニークな組み合わせだからです。当然ながら、テキストも毎回バージョンアップしています。


鰻屋のタレと同じです。注ぎ足すことが店の味を独自にします・・・たぶん(笑)。

01月17日

コンサルティング先での討議資料作成中。ページ数はいつも少ないのですが、目的実現のための必須項目を選び抜き、優先順位を徹底させたものなので知恵を絞らねば圧縮できません。3件ほど抱えているためか、机→ソファ→机→カフェ→机といった、見ようによっては行動展示型の動物園に近い生態が繰り広げられています。


■HOWとWHY


ある出来事には常に二方向への探求が存在します。


How方向:人々を行動の世界へ近づかせ、望ましい行動をコントロールしようという知識の探求
Why方向:人々を思考の世界に近づかせ、望ましい思考を選び抜こうとする知識の探求


例えば・・・・
ある出来事→「お金」


Howの質問群
「どうやってお金を稼ぐか?」「どうやってお金を使うか?」「どうやってお金を増やすか?」「どうやってお金を分けるか?」など


Whyの質問群
「なぜお金が必要なのか?」「なぜお金が欲しいのか?」「なぜお金が役立つのか?」「なぜお金に振り回されるのか?」など


Howが「外の世界に向かう私の振る舞い」に関する質問、Whyが「内の世界に向かう私の納得」に関する質問となります。
この二つは両輪なので、片車輪ですと安定感が損なわれます。


最近は、How質問群への回答が充実しているわりに、Why質問群はちょっと寂しい状況なので、アクロバティックな走行を余儀なくされている人々によく出くわします。一瞥、その派手さは格好良くさえ見えます。


しかし、イベント会場ならともかく、一般道ではいづれ事故が待ち構えています。最悪は道を外れて崖から落ちていくことにもなりかねません。


今日も遠くでドーンという音がします。

01月13日

先日はリサーチ会社のアウラ・マーケティング・ラボでラダリングについての意見交換会をさせていただきました。


弊社はマーケティングのワークショップの1メニューにしており、高級化粧品を中心にマーケティング部門の方々に実施しています。しかし、化粧品は男性受講者にはちょっと疎遠なので高級自動車も対象にいれようとしていたところでした。


アウラさんでもラダリングのセミナーを以前から実施していて、高級自動車なども既にセミナー・テーマです。進め方は定性調査をライブでしながらということなので、こちらの、出来上がったブランドからラダーを逆算するスタイルとは異なりますが、原理は同じです。


それ以外にも、リサーチという領域をどう企業が取り込むべきなのか、どやって社内スキルをあげるのかなど、コンサルタントにとって参考になる話をいただけました。深く感謝いたします。


■スイングバイという手法


マーケティング・コンサルタントとして悩むのは流行ごとや大きなトレンドをどこまで追いかけたものか?、というのがあります。そこには人々がいますので、必然、思いやら願いなどが横たわっています。では、そういう意識がどこから来るのか、または、これからそういう意識はどう発展するのか、などを知る必要があります。


あれほど便利一辺倒だったのが環境との調和へ、企業が主体となって刺激するのが市場だったのがユーザーが相互作用する結果が市場へ、などなど。


現象面を都度、知識としてとりこむことは1のインプットが1のアウトプットになるだけなので、学びとしての効率は良くありません。そこで、現象の中身ではなく、現象が引き起こしている流れを掴んで、その流れを1つの解釈として取り込みます。そして次の現象に向かっていくというのが目指す勉強のスタイルです。最終的には現象の数ではなく、解釈の深さで世界観を創ることを目指します。


これに近い手法がまったく別のジャンルに存在します。
以下は、メタファー(比喩)ですね。


スイングバイという宇宙物理学で実践されているテクニックです。人工衛星が惑星の引力を使いながら惑星間を飛び交う方法とでもいいましょうか。そして、社会現象や流行などを惑星に見立て、自分を小さな宇宙船に置き換えて考えてみるわけです。


・あるヒット商品がある。
・そのヒット商品に近づく。
・近づき方をその売れる理由が感じられる程度までにする。決して、その引力圏から抜けられないほど寄って、具体的な中身やデザインや売り方の事象をカウントしない。
・その観察から、次の方向を読む。
・その先にある別のヒット商品が視界に入ってくる。
・そのヒット商品に近づく・・・・(以上、反復)


これによって加速度的に世界の変化を取り込むことができると信じています。つまり、10のアウトプットのために10のインプットを求めるのではなく、一部の流行ごとを追いかけるだけで全体の海流図を持つことができるという考えです。


もちろん、実際に業界分析や新製品開発などに携われば、逐一、惑星に軟着陸し細部を探索しますが、それまでは重力を分けてもらいながらビュンビュンと業種業界を越えて飛び回るわけです。


しかし、宇宙は広いですからね、出来たと思った地図もすぐ修正が余儀なくされます(笑)。

01月09日

成人の日を費やしたお陰で、原稿の追加ページ作業もほぼ見えてきました。
コーポレート・ブランディングのための資料作成が二件あり、うち一案件は急ぎのため優先させましたが、もう一方が手付かずでした。やっと手が回りそうです。一息入れながらニュースを眺めれば、成人式がディズニーランドですか・・・うらやましい(笑)


■成人式で考える学業期間


もう誰も、「成人になって遊園地とは、嘆かわしい!」とは言いません。20歳がどれほどの人生年輪かがすっかり変わってしまったからです。


成人式が現在の形式で始まったのは昭和21年だそうです。その当時、昭和22年の平均寿命が、男50歳・女54歳です。


さて、今、平成16年では男78歳・女86歳。丸くして比較すると、「50歳→80歳」です。そこまでゴムひものように人生が伸びてしまいました。すると、当然ながら成人年齢も引き上がります。


昭和22年 寿命50歳 成人20歳
平成18年 寿命80歳 成人32歳


こんな感じですね。
では、大学卒業22歳を当てはめると、今は35歳がそれに当たります。つまり、最高学府卒業年齢は35歳ぐらいになるわけですから、そこまでは学業に精進すべきということです。


よく聞く話として、「35歳が人生ターニング・ポイントである」という説もこの観点で見れば頷けます。社会人教育が大切だというより、社会人教育こそ昔の高校・大学に該当する時代なのですね。ただ、勤め先が就学に相応しいかどうかは別ですから、やはり、自己研鑽は必須ということでしょう。


ちなみに、今の20歳は昔の中学卒業ぐらいの年齢なので、義務教育終了式にクラッカー鳴らすくらいは普通のことではないでしょうか(笑)。

01月06日

◆5日は渋谷オフィスで打ち合わせ
来週一杯休みのはずが既に虫食い状態となっています。世間様の仕事始めと同じというのも複雑な心境です。一時過ぎに昼食と思いきや、どこも混んでおり、これまた仕事始めこそ仕事せずで、時間をもてあます方々の影響でしょうか。


この日、オフィス近くのB級中華料理店で野菜炒め定食をオーダーしました。正直いいますと、こういったB級メニューが好きです。


あの田中角栄は鮭缶が好物で、金持ちになったら毎日ひと缶食べることを夢見ていたとか。(あとからの庶民派演出なのかもしれないが・・・)でも、小市民には365日野菜炒め定食は辛いですな。


◆先日、自由が丘のラーメン屋で黒味噌ラーメンなるものを食べました。
大手のチェーン店なのですが、この自由が丘だけは屋号が別になっています。店のパンフでは、どうもアンテナ・ショップの役割があるようです。


それで黒味噌ラーメンの存在意味が分かりましたね。商売柄、敢えて怪しい新製品に突っ込んでいく性(さが)なので止むを得ないのですが、とんでもなく微妙な味だからです。


味噌のようなゴマのようなウスターソースのような・・・・特にその後のアンケートもないので、日々の杯数で良し悪しを見るのか、客の残し方で見極めるのか、いづれにせよ、スープ以外は完食でした(笑)。


◆今日、武蔵小山の蕎麦屋で天せいろを所望しました。
メイン・オフィス近辺では一番の蕎麦屋です。いつもはせいろ(つまり、もりそば)一点張りですが、ふと天婦羅もどうかと思い試してみました。海老天以外はOKでした。いい油使っているので味はなかなかです。


それにしても何故、海老天はあれほどまでに衣をまとっているのでしょうか。この見込んだ店でさえ、衣と海老本体の比率は3対1ほどで、ほとんどアネハ状態です。コロモ天ぷらの海老添えというべきかもしれません。


厨房で、「もう勘弁してやりなよ」と奥方がなだめても、「うんにゃ、海老だけは勘弁ならねえ」とご主人が限界まで具に衣を足しあげる姿が浮かびます。やはり、蕎麦屋の海老はそういう因果にあるのでしょうか?


01月01日

新年明けましておめでとうございます。
本年が皆様にとって、気づきの多い有意義な一年であることを願っています。自分自身もそうであって欲しいと、素直に思います。


2005年が変曲点を包含したヘアピン・カーブなら、2006年はゆったりとして見通しのいい大きなカーブという感覚があります。ただ、その道が行き着く消失点は視界の中にはありません。カーブの先は画面の外にあるからです。


ですから、その点はイメージすることで補う必要があるのですが、つかめさえすれば道なりに轍(わだち)を沿わせていけばいいだけです。


こんな感じかな? ※占いみたいで、よーわからんね(笑)。


1月1日。今年はiTunesでElectronica流しながら


リファレンス・スペース大幅に加筆(大袈裟か?)
納屋からアップできそうな駄文を引っ張り出してきました。

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