<着流し教務日記>
■11日 日曜日 晴天
空港から大分に入る。バスにて別府へ向かう。立命館アジア太平洋大学(APU)で一週間の講師生活が始まる。別府駅周辺は連休のせいなのか、初めて見る人の賑わいぶりに少々驚いた。これは街として復活し始めたのだろか。それとも景気のなせる技なのか。そこそこ駄目脱却である。
ホテル推奨の寿司屋「さかえ寿司」へ行く。ご近所の由布院に対し別府にアドバンテージがあるのは海の幸である。絶品の関アジをもらう。明らかに東京のアジではないし、そもそも違う生き物だ。
APUの話になり、いかにも頑固一徹の大将が「韓国の学生は礼儀正しいが、それに比べて日本人は・・・」と嘆く、そして曰く、「兵役のせいだ」と。兵役を受けないでここまで生きて来た者なので大いに頷くわけにもいかない。しかし、さもありなんと思った。
ただ日本人学生をかばうとすれば、賞賛される留学生は皆、国内予選会を勝ち抜いたエリートなのである。上澄みの人材が持つべき万国共通語こそ、礼節なのだ。
■12日 月曜日 晴天
講義初日である。
静寂が支配する春休みのキャンパスはまばらな人通り。今期の履修者は60名ちょっとである。ワークショップにふさわしい「ありそうな難問」を提示し、学生のとまどいをネタにグループ討議へと入る。これを連続し、解説によって締める。生徒間の対話から思考を深め、成長を促すのである。一方で、一日270分の枠が座学ではこちらの肉体がもたないための工夫でもある。
昨年、この着流し講義スタイルをある生徒から絶賛された。
「先生! すごい授業です」
「どのへんが?」
「だって、僕は授業中に一回も寝ませんでした」
君は一生寝てていいよ、と喉まで出かかったが、仮にもクライアント先である。そこは大人の対応でさばく。我ながら成長を感じる。そう、確かに対話から思考を深めているわけで、やはり凄い授業なのか。
■13日 火曜日 晴天
講義二日目となる。
「消費者行動論」であれば、いくらコンサルタントと言えども、アカデミックな知識を語らねばならない。ワークショップ形式が有効といっても、基礎となる知識と知識間の関係図がなければ機能しないからである。残念ながら、この時間帯がもっとも学生の反応が鈍い。
つまり退屈だ。
一通り語りつくし、あとはフォーカス・インタビューをライブで行う。今回はテレビゲームをテーマとした。生徒を関与度と利用度で5組に分け、生で実態ヒアリングを行う。他の学生はそれを観察、質問することで、最終的に「大学生におけるテレビゲームに関する消費者行動」には主にどんな特性要因が絡んでいるか、同時に、マイナーだが違いを生む特性は何かをまとめ、発表するという大型のワークショップである。盛り上がるのは結構なことであるが、モデレーターは講師なので大型の負荷もかかる。つまり疲れる。
救いは「なんでやねん」といった突っ込みどころ満載の発言が随所にある点だ。
「新作のゲーム情報はどうやって仕入れるの?」
「僕は自分から情報は取りませんよ。コンビ二でゲーム雑誌を立ち読みする程度です」
「・・・って、充分に仕入れとるやん」
こんな感じなのである。
■14日 水曜日 雨のち晴れ
初日、履修学生全員に別府オススメのお店を出席票の裏面に記入してもらう。そうやって着流しグルメマップ別府版も充実していく。授業期間中はホテルと学校をバスで往復するだけの生活になる。必然、いい店で食べ過ぎ、生活は動かなさ過ぎという状態になる。せめて昼食は粗食とする。
学生も徐々にペースに慣れるのか、脳が動き出したのか、考えるようになった。着流し講義は、正直、「授=さずける」+「業=学問や技能を身につけようとすること」から程遠い。
「興=おこす」+「疑=日々何気にやり過ごしていることをうたがう」で興疑(こうぎ)に近い。答えがない質問に対して、解き方を自ら考案し、そこに謎の輪郭を浮かび上がらせる、という無茶なセッションを目指している。
なぜなら社会こそ無茶の総体だからである。
社会人になれば同時に複数の問題が降りかかる。解き方を教えてもらっていては間に合わない。いずれ解き方待ちの問題はスルーされ、そういう毎日に麻痺していく。死ぬまでスルーでいければ幸せだろう。しかし、生きている間にその存在に再び気がついてしまったならこれはキツイ。なぜなら無茶に負けないための余力が少なくなっているからである。麻痺する前に対峙できる動体志力を持ちたいものだ。ここだけは生徒も先生も無い。
■15日 木曜日 晴れ
講義四日目となる。
昼食時にAPUの事務方の人と話す。以前から気になっていたことを伝える。
「オフィス、静か過ぎて怖いです・・・」、恐る恐る言ってみる。
「よく言われます」申し訳なさそうに返してきた。
山の高台にポツンとあるキャンパスであれば、静かなる事、山の如し、も自然なことである。しかし、大きなオフィスにかなりの人数が働いているのであれば、静かなる事、墓の如し、は不自然だろう。もしかすると、別府メンタリティーかな。それ以上は突っ込むことなく、学食の安いソバを黙ってすする。
ちなみに、ここの一押しはカレー、280円である。アジアからの留学生による味の指導の賜物と見た。東京なら軽く800円は取れる代物だ。
夜は再び「さかえ寿司」へ。大分の麦焼酎にはご当地カボスを入れてもらい、関サバはハラミで握ってもらう。東京なら軽く・・・って、いくらぐらいか。
■16日 金曜日 曇り、風強し
朝、運転も態度も荒い大分交通のバスに目一杯揺られてキャンパスに着く。車寄せに黒塗りが何台も止まっている。チェコの大統領が来ている、黒い蝶ネクタイ姿の生徒が教えてくれた。彼は吹奏楽部やらに在籍しているそうで、歓迎セレモニーに借り出されて行った。
「消費者行動論」最終日である。
今回、大いなる誤算があった。2年生が主流なのだ。こうなるとワークショップのテーマに抽象度の高いものや、自由度の高いものに滅法弱い。
例年、3年生中心に4年生がいて、2年生は参考程度の人数だった。おまけに、ユニークな発想で切り込んで来る人材が徐々に減ってきている気がする。APUも大統領が立ち寄るほどになった。故に、通常の良い子のための大学になった可能性がある。バスの運転手が良い子になるのが先だと思う。
いずれにせよ、後半は予定していたメニューを全面的に入れ替える。
①従来のパターン:テーマ→個人ワーク→グループワーク→発表
②対応したパターン:テーマ分析の準備ワーク→テーマ→テーマへのアプローチ方法伝授→グループワーク→発表
補助ステップを入れるのである。時間はかかるが、到達度は十分高くなる。
それでも難儀なのは語彙ギャップである。最後に行う試験問題に「時系列で考えてください」という表現があるのだが、この時系列という単語の意味を多くの生徒は知らなかった。
まいったな。
夜は有志と別府で飲み会となる。二軒目はAPU卒業生が経営するバーへ。オーナーの石田さんは去年の受講者だ。定宿のホテルから30秒の場所にあるのでお互い驚く。店のコンセプトは二軒目に行くカジュアルなバー。オープンしてから半年だが、人もかなり入っていた。
※<広告の欄>
APU関係者の皆様へ
「別府でもう一軒行こう!」という際は是非、「ミュー(MYU)」をご利用ください。
別府駅前通りに面した、ホテルアーサー近く。
1Fが花屋のビルの2F、入り口にオレンジの看板です。(0977)23-1150
どうせ店を選ぶなら、OBの起業にグラス一杯を投票してはいかがでしょうか。
■17日 土曜日 雨
例年なら帰京する日である。だが、今年は一日延泊する。
夕方にbjリーグのバスケットの試合を見るためだ。地方のプロスポーツの興隆を見るのと、会場となるコンベンション・ホールへも行きたいからである。
別府復活狙いのマーケティングと思われるが、観光以外に会議や集会などの需要を取り込もうとしているようだ。東京周辺で言えば熱海と幕張を足してみようという動きである。
空いた昼に三年生とランチを取る。就活の話になる。なんか成り行き優先で、のんびりしている。気分は別府に熱海を足した感じか。まあ、ガツガツしているよりは良い。自分が就職活動したときもかなりいい加減だったが、人は成るように為るものだ。
夜はbjリーグ、大分ヒートデビルスの試合を初めて見る。かなり人が入っているのに感心する。冬場、室内で二時間のエンターテイメントと考えるなら悪くない。最下位相手の一方的な展開ということもあり、少々退屈な部分もあった。まあ、試合のクオリティはこれからだろう。
国際会議場、コンサートホールなど、入れ物のビーコンプラザは荘厳著しい。大分県も別府市も御多分に漏れず財政は滅茶苦茶なようだ。そりゃなるわなあ、といった施設である。
ご縁のあるAPUもハコモノは自治体負担だった。果たして、行政関与のマーケティング投資は回収されるのか。官庁の成り行き優先を垣間見るようだ。
<着流し教務日記>おしまい。
そんなこんなで着流しの一週間が過ぎました。なんにせよ、日常から離れる機会は有り難いことです。皆々様には深く感謝致します。
また、東京に来たときには是非、一声お掛けいただければと思います。