<着流し湯煙控>
立命館アジア太平洋大学での一週間のご報告
■10日、日曜日 晴れ、それも、これでもかという晴れ
雪の東京も消え去り、我が身も東京よりしばし旅去る良き日取りにも思える。
大分の温泉地、別府へ、しがない着流し講師としての一週間となる。
今年で五年目であれば、五週間在住経験者だ。住居歴を見れば、東京周辺は除くとして、名古屋(二年)、ロンドン(二か月)に次ぐ長さになる。情も湧こうというものだ。
今期の宿は別府駅からかなり離れた場所にあるサンバリーアネックスである。丘にある温泉街の川下に当たるせいだろうか、過去の2ホテルよりも温泉の泉質が良い。
ホテル周辺で夕飯を取ろうと思ったが、推奨店はどこも混んでいる。結局、タクシーを飛ばして駅近くの去年お世話になった「サカエ寿司」へ向かう。
開店早々に暖簾を掲げようとする大将の背中に声をかけ、旧客を迎えてもらう。
ここ数日の天候不順で白身モノは入荷しておらず、関サバ・関アジもなし。それでも、大将一押しのカンパチ・シマアジが絶品なので、何ら落胆すべきところはない。寒さが凍みる夜、大分の麦焼酎にカボスを絞ったお湯割りが、これまた沁みる。
■11日、月曜日 祭日にもかかわらず講義初日 晴れ
祝日で世間さまはお休みだが、営業日である。
ホテル近くの国道沿いにある停留所で学校行きのバスを待つ。車はひっきりなしに走るが、周囲の歩道には人がいない。国道以外も同様に人がいない。完全な車社会なのである。最近はガソリン代高騰で、どこも自動車交通量は減っているようだ。ならば、別府は温泉という地下資源に温められた地元経済が地下資源である石油に冷水を浴びせられている構図なのだろうか。
さて授業だが、一日3時限、95分×3回=285分という長丁場である。今期の履修者46名(留学生10名)となっていた。スタートは2限からだが、いつもながらデフォルトでは20名程度で、バラバラやってくる。古(いにしえ)の大学生は雀荘かクラブのたまり場直行だったという噂なので、まあ、教室に来るだけ良し、としよう。
消費者行動論を四つの領域に分解して、その全容を説明する。座学嫌いなので、即行でグループ・ワークとする。このパターンでメンバー入れ替えながら複数メニューをこなしていく。寝る暇はないはずだが、それでも眠りに至る猛者もいるのは、さすがAPUである。
終了後、出席表の裏面に宿周辺の推奨飲食店を書いてもらう。男子生徒の一押しが安くて量の多い店ばかりなのに苦笑する。
しかし、書かせた以上は行かねばなるまい。
本日はホテル近所のカフェ、「月のサンタ」にてオムライス。オヤジお呼びでない店に敢えて行く。女子生徒のお勧めだけあって別府とは思えない上品な味だ。帰りは別の女子生徒が良いと書き込んだアイスクリーム屋へ、これも敢えて修行と思い立ち寄る。ホテルでの湯上りに食すが、あまりの甘さに苦笑する。
■12日 火曜日 小雨のち曇り、講義二日目、山頂のキャンパスは凄い風
ホテルの温泉施設で朝風呂をしてからキャンパスに向かう。しかし、今日も寒さがきつい。あっという間に体の芯まで冷え込む。
授業では、消費者モデルの分解をテーマにワークショップを実施する。今回初めての試みだが、弊社主催のマーケティング・ワークショップ研究会でも評価の高いメニューを大学生にぶつけるとどうなるかというセッションである。
一つのグループから非常に興味深い回答が提示される。ちょっと感動する。留学生がリーダーシップを取っているグループだ。APUに感心する典型的な場面なのだ。大学生に教えていると頻度は極端に少ないが、大学生でなければ出ないユニークな考え方に遭遇する。これこそが収穫である。やるな、APU。
そうなれば、やはり夕食は留学生ご推薦の店となろう。大分の鳥料理「風見鶏」へ行く。敢えて食い過ぎの危険を顧みず、蒸し鍋のような鳥鍋、鳥味噌茶漬けなどを頼む。東京進出の噂もあるのが頷ける。いずれにせよ、食い過ぎ。
■13日 水曜日 大雪、 講義三日目のキャンパスはパウダースノウ
いきなりホテルからの電話で起こされる。
まだ8時前だ。APUからだという。ああ、これは何かしでかしたか、あれかな、これかな、と心当たりを探りながら切り替わると、本日の午前中は休講とのことだった。外を見ると大雪で、このことかと安堵する。
当然のように、何のためらいもなく長風呂とする。茹で上がりもよろしく、動き始めたバスで午後の大学へ向かう。キャンパスでは雪達磨が数点、そして、雪合戦に興じる数名という光景に出くわす。ダイヤモンドダストの中、厚着していて顔はよく分からないが南の国からの留学生であることは明白だ。と思ったら日本人学生、それも女生徒たちがはしゃいでいるのであった。
大丈夫か?、APU。
寒さに早く帰りたい心持のところに、教務担当者から休講分の補講をするようお達しをいただく。まあ、そういう仕組みなのだ。ましてや短期集中セッションの兼任講師である。士農工商で言えば商にあたるのだろう。コンサルタントはその通り、「商」極まりない身分だ。お代官様に従ってナンボの生業である。
一コマずらし、五時限までを講義とする。最後はライブでグループインタビューを実施する。携帯電話キャリア別のグループを比較し、特性や傾向を読み取るセッションである。留学生が某特定ブランドに集中しているのが面白い。
夜の混んだバスでホテルへ戻るが、あまりの寒さに遠出を避け、男子生徒ダントツ人気の定食屋「とみや食堂」で夕餉を済ます。全メニュー一律500円、カウンターにある食材を指さすシステムになっている。ボリューム充分で、漬物食べ放題。我が階級にぴったりと言えよう。
■14日 木曜日 晴れ、講義四日目も寒さは厳しい
模擬試験を実施する。昨年の問題を解き、グループワークし、模範解答を作るのである。会社説明会が多い日のため、人数が少ない。出席している者には特典として、講師はどういう回答を好むかという傾向を伝授した。兼任講師らしく家庭教師も兼務なのである。
夜は再び「サカエ寿司」。大将が関サバを仕入れてくれる約束をしてくれたからである。来年も講座があるので必ず顔を出すことを誓う。
そして今回の別府着流し講師ツアー夜のメイン・イベントである「ダイニング・バー・ミュー(Myu)」へ行く。APU卒業生であり、自分の担当する消費者行動論履修者であった生徒がオーナーとなっている店である。旧交を温めながらの酒は格別である。いずれにせよ、飲みすぎ。
■15日 金曜日 曇り、そして、寒すぎのまま講義最終日
最終日の最後の時限は試験である。記憶のテストでは意味がないため、「飲食物、ならびに、危険物以外はすべて持ち込み可」となっている。教えた単語を羅列している答案には厳しい。あくまでも自分の表現を求め、そこに向かう姿勢を評価する。
彼ら彼女らが社会人として活躍する頃には今回習った単語など古語に近くなっている可能性が高いだろう。そんなもの覚えても役に立たない。自分が消費者であることを客観的に表現できれば、それほど不変的なことはない。なぜなら、生きている限り何らかの消費者であることは変わらないからだ。
さて、この日の夜は有志による懇親会としている。今回は留学生2名を含め参加者15名という過去最多人数による居酒屋での宴会となった。まずは、幹事を始めとする皆さんに感謝。
あちこちテーブルを回り、あれやこれやの四方山話で盛り上がる。自分が学生の頃と変わらない姿と、今でこその姿の両面を垣間見る。
普段の仕事を押しのけ、クライアントにご迷惑をかけながらも、ここへ来たことを有意義だったと思う一瞬でもある。まあ、この反動を翌週には甘んじて受けねばならんのだが。
2008年2月の兼任講師は、これにて終了。